SSブログ

(4-2)オリスターノ(ボナルカド、ミリス、シニス) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

~続きです。


 

 怒涛の本日のサルデーニャ・ロマネスク巡り中部篇もそろそろお昼をまわり、時間切れに近くなりました。タクシーは焦るようにスピードをあげてマコメールから南下、田舎の狭い道を走り、丘の上の町ボナルカドに到着しました。細長い広場にサンタ・マリア教会とマドンナ・ディ・ボナカットゥ聖所祈念堂が建っています。道を隔ててBarやお土産屋さんが並んでいますが、観光客の姿はなくひっそりしていました。6月のイタリアは毎日30度以上の暑さです。こんな日の昼ごはんの時間にせっせと歩き回るのは私くらいしかいません。

☆ボナルカドのマドンナ・ディ・バナルカドゥ聖所祈念堂(旧サンタ・マリア教会)&サンタ・マリア教会

P1000075.JPG

上の写真では手前にある小さな聖所祈念堂を先に見学しました。入り口が2箇所あり、内部は一部小物のショップになっていました。ギリシア十字のシンプルな構造です。丸いドーム屋根のすぐ下が明り取りの窓で、そこからの光が内部の石壁に映って神秘的な空間。祭壇の飾りもお花だけの清楚で、とてもいい感じ。オリジナルは5世紀の創建とのことです。

P1000074.JPG

隣の階段を少し上ったところが新サンタ・マリア教会。玄武岩でしょうか、今までの中では一番
黒っぽい地味な外壁です。広場には後陣を見せてますので、脇の入り口から入りました。飾りのないファサ-ドなので写真は撮りませんでしたが、内部も1枚だけ。内陣の一部ですが、あまり記憶にありません。木組みの天井ですね。

P1000073.JPG

↓2つの教会のプラン

イメージ (12).jpg

↓Google Earthより

Bonarcado.jpg

運転手さんが待っているBarに戻り、コーヒータイム。ここの店主が古いサンタ・マリア教会の写真を店内にいくつか飾っていて、いろいろ説明してくれました。(大部分理解できず・・・)戦前のお祭りの写真とかも残っていて、教会がこの村の、店のご主人の誇りというのが伝わってきました。

次の予定にしていたMilisは実は運転手さんのミスで、あっという間に通り過ぎてしまって、違う教会に連れて行かれたのです。↓ミリスの街角

P1000078.JPG

空腹と疲れもあり、町はずれのミリスのサン・パオロ教会は車の中から眺めただけで終わりました。↓参考書からスキャンしました。後方に墓地が広がっています。12世紀のピサ様式の建築。

Milis.jpeg

 ホテルに着くころになると、またまたちゃっかりな運転手さん。ランチの後は疲れたから夕方まで昼寝するというのを、ここまできてタッロスを観ない人はいないというのです。サービスするというので交渉成立。6時に迎えにきてもらうことにしました。ホテルの食堂へ直行してランチを済ませ、あとは倒れるようにベットへ。6時にロビーに降りるともうタクシーの運転手さんは張り切って?待機していました。
夕方の6時といってもまだ昼間のように明るいなかORISTANOから西へ。湾を左に眺めながらシニス半島突端のサン・マルコ岬まで走ります。タッロスTharrosの遺跡は一部海中に沈んでいます。入場券を払い柵の小道に沿って歩きます。もとは最古のヌラーゲ集落(紀元前10世紀~前5世紀)のあった場所にフェニキア人によって前8世紀ごろに造られました。その後はカルタゴ、エトルリア、ギリシャ、ローマと支配され交易で栄えた歴史を持っています。地盤沈下やサラセン人の侵入で町はうち捨てられました。発掘は17世紀からはじまりましたが、ルネッサンス時代にはすでに見学の対象になっていたそうです。下水溝が走る道路に沿って、古代カルタゴの家屋や要塞、帝政ローマ時代の神殿、初期キリスト教時代の洗礼堂(5世紀)などが廃墟となっています。考古学のお好きな方には見逃せない場所でしょう。
P1000080.JPG

P1000081.JPG
P1000085.JPG
まず、目に入るのは海辺に立つ神殿の柱です。その彼方にヨットが何艘も浮かんでいます。さすが、リゾート地サルデーニャ、すでに夏のバカンスが始まっています。
岩陰に咲く小さな花を愛でながら1キロくらい歩くと、さすがに今日の疲れが腰にひびき、痛くなってきました。
P1000083.JPG
 結局入場券に含まれていた博物館もパスして、30分ほどで退散しました。それにそろそろ夕暮れです。
P1000087.JPG

この近辺は計画に入ってませんでしたので、資料もないのでもう帰るというと、運転手さんがこの近くに古い教会があるよというのです。地図だけは持っていましたのでチェックしましたら、帰り道沿いに寄れることがわかりました。ちゃっかり運転手さんもたまに良いこと言うわ。(笑)
タッロスの廃墟から賑わう海水浴場の横を走り、車で数分の道路沿いに古い聖堂が見えてきました。

☆シニスのサン・ジョバンニ教会San Giovanni di SINIS
P1000090.JPG
 サルデーニャのプレ・ロマネスクの代表格の教会です。6世紀のドームに加えて、9世紀に今の建物になりました。同じプレ・ロマネスクのカリアリのサトゥルニーノよりも、天井も低く、素朴でプリミティブな建築様式。正面には十字架の飾りなどもありません。でも、内部に入ってみますと太い柱が並んだ三廊式のバジリカに夕暮れ迫る淡い光が差し込んでいます。信仰を持たない私にはなにか恐ろしいほどの神々しい雰囲気。壁には緑の苔が生えていて、足元には古い板が張られています。後陣は半円形で石棺らしい祭壇が見えましたが、何故か、ずかずかと奥まで踏み込めないような厳粛さがあたりを支配していました。
P1000088.JPG
P1000089.JPG
入り口付近に留まり写真を写してから、外に出て道路側からの後背部を眺めました。逆光のため壁の色がまったく変わって写りました。
P1000092.JPG

予期せぬ出来事で素晴らしいロマネスク体験ができました。オリスターノの大聖堂の前でタクシーを降りようとしたら、またまた「明日は何時の汽車?」「朝とても早くなのよ」「問題ないよ。迎えに行きます」ということで、この運転手さんとはオリスターノの最初から最後までご一緒でした。
↓オリスターノの大聖堂
P1000093.JPG
P1000095.JPG
↓大聖堂からホテルへの道
P1000094.JPG
夕食は盛りだくさんのスケジュールをこなしたせいで疲れ果ててしまい、食堂に行く元気も食欲もありません。手持ちのせんべいや果物などでおなかをごまかし、就寝。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

(4-1)オリスターノ(ギラルツァ、ズーリ、オッターナ、シラヌス) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/24(金)

 昨日Oristano駅から乗ったタクシーの運転手さんはほとんど英語のできない人だったので、ホテルに今日のタクシーを頼むつもりでした。ところが、愛想良く、なんだかんだと私の予定を聞きだし、出発時間に行くよというのです。言葉がわからないふりで降車したのですが・・・。朝9時にロビーに下りてみたら、ちゃっかり待ち構えていました。ホテルの人とも親しげにしていたので、まあいいかと地図を見せて廻る場所を確認し、出発です。計画では9時から1時半までの4時間半で250キロほど走ります。


まず、北東へ。Abbasantaという町を抜け右折するとまもなくGhilarza。街道沿いに今日の第一番目の教会が建っていました。

☆ギラルツアのサン・パルメリオ教会San Palmerio

P1000057 (2).JPG


P1000058 (2).JPG


あいにく逆光のため暗い写真になってしまいました。正面上部の簡素な鐘楼はUtaVilla Speciosaに似ていますが、ここで初めてサルデーニャに多い(ピサ様式)白・黒ストライプの石積み外壁を持つ教会に出会いました。ここもあいにく閉鎖中。民家や塀と繋がって建ってますから後背部の確認もできないのは淋しい気持ち。写真では不鮮明ですが、側面最上部に半円形の小さい窓が数多く並んでいます。


正面向かって右側の少し離れたところに15世紀のカタロニア様式の塔。ここからさらに東へ進むとOmodeo湖が見えてきました。オモデオ湖はダムのために造られた人造湖です。このとき(1953年)古い民家などが湖の底に沈んだのですが、サン・ピエトロ教会だけは現在地に1923-25年に移築されました。湖を見渡せる丘の上に建っています。

小さな集落があり一軒の家がこの教会の鍵を持っているのですが、予約もしないで来てしまったので内部には入れませんでした。

☆ズーリのサン・ピエトロ教会San Pietro di Zuri

P1000059.JPG

13世紀から14世紀に建設されたロマネスク=ゴシック様式の教会です。外壁の明るいレンガ色、ファサードのまぐさ石やつけ柱に飾られた素朴な丸っこい浮き彫りに思わず「湖の底に沈められなくて良かったね~」と独り言。横の鐘楼の下から後背部に廻ると湖が顔面に開けてきます。後陣は下の写真のように5角形?に張り出し、両脇の付け柱はそのまま外壁と繋がっています。この付け柱の中間にかわいらしい手をつないだ子供たちの浮き彫りがあります。湖ができた当時の子供たちもこうして自分たちの村落が沈むさまを見ていたのでしょうか・・・切ない気持ちになりました。

P1000061.JPG




P1000062.JPG


P1000063.JPG


参考書の写真によりますと、内部は単廊式で内陣は階段を少し上ったところにあり、柱がないので高い窓からの採光が意外に明るい空間を造っています。

この後は湖の景観を楽しみながら次の目的地オッターナへ向かいました

イタリア・ロマネスクの本が年に12冊の割合で出版されています。イタリア語はほんの片言なので読むのは無理なのですが、こうして個人でロマネスクの旅をするうえでの強力な助っ人になっています。サルデーニャ版がボローニャのネット書店から届いて、下の表紙
を見たときにサルデーニャ行きを決意したというわけです。


JACA サルデーニャ.jpg


さて、いよいよその思い入れの深いオッターナに到着しました。

サルデーニャのなかでも名教会として知られるのがサン・ニコラ教会。昔は羊飼いの町、今はやや近代的な工業の町となったオッターナの町の中心の小高い場所に、重々しく(もっと鄙びた教会との想像ははずれ)建っていました。逆光で写真が黒っぽく写りましたが、外壁の墨色や濃淡の茶色のグラデーションの美しくこと!周りは手入れの行き届いた芝生や花で飾られ、さすが!です。


☆オッターナのサン・二コラ教会San Nicola di Ottana

P1000065 (2).JPG


P1000064 (2).JPG


P1000066 (2).JPG


↓近くから写すとようやくきれいな色になりました。

P1000067.JPG


内部の写真は手違いで失ってしまいましたが、単廊式の神聖な場所という感じの強い空間でした。ピサ様式の教会なので、正面上部の2連の開かれた窓や入れ子になった菱形の意匠なども素敵です。そういえばカリアリの銀行にもこの教会の大きなポスターが飾られていました。


朝から夢中になってここまで来られたから、もう満足。後は付録だわと思いながらも次の目的地シラヌスへ。ところが付録どころか、またまたサルデーニャらしい景観に触れることができたのです。シラヌスの町から近く、国道沿いに初めに見えてきたのは単一で立つヌラーゲでした。そして、その陰から現れたのが赤い帽子の屋根が可愛い、小さなサンタ・サビーナ教会(11世紀)。運転手さんと声をそろえて「ベリッシマ!!」の連発でした。(笑)望遠レンズがない安デジカメなので、上手くふたつを収められなくて、ぎりぎりのアングル・・・。

P1000069.JPG

ロマネスク聖堂をひとつでも多く見たいという旅。それも1週間という限られた時間です。途中有名なヌラーゲの集落もあったのですが、そのために道をそれることもかなわずでした。ここでヌラーゲも見学できるというのですから喜びました。周囲は枯れ草に覆われた草原ですが、教会の近くまで車は入れます。


☆シラヌスのサンタ・サビーナ教会Santa Sabina di Silanus



P1000068.JPG


P1000071.JPG


後背部の脇に立つ一本の木がサルデーニャの厳しい風土を物語っているようです


P1000072.JPG


残念ながら隣の管理棟?には人影なし。内部は見学できませんでした。参考書のプランによりますと、中心はロトンダ様式の円形の身廊に両脇にふたつの礼拝室という構成。それぞれ半円形の後陣が付随。


イメージ (3).jpg



P1000070.JPG



先史時代に誕生したヌラーゲ文化はサルデーニャの独自性を最も現しています。各地で発掘されたヌラーゲは7000を数え、そのうち世界遺産にもなっているBaruminiの集落は世界遺産に登録されています。ここシラヌスのヌラーゲは墓室(聖なる井戸と巨人の墓)ということで内部はしめ縄?を張ったような祭壇が飾られ、脇の階段は屋根の上に続いています。私のほかに足の悪いお父さんと一緒に来ていた若い女性が(上の写真、ヌラーゲの上にいます)上りました。私が先に降りた後、彼女はしばらく祈るように佇んでいました。いつまでも忘れられない風景です。

ここからマコメールを経て、オリスターノに戻る途中、わき道を西にそれます。続きます~。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。