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(10)ミラノ [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/30(木)


  ロビー横の朝食室で美味しい朝ご飯をいただいて、観光に出かけました。ドゥオーモの近くからトラムに乗ってサンテウストルジョ聖堂へ。


☆ミラノのサンテウストルジョ聖堂 Saint Eustorgio di MilANO

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7世紀と11~12世紀に造られた部分が残って残っているとのことで見学にいったのですが、改築や増築されたときに組み込まれて複雑な構造になっています。ファサードは19世紀にネオ・ロマネスク様式で造られたもの。

参観は左側の建物から入り、回廊を過ぎると礼拝堂がいくつかあります。中ではポルティナーリ礼拝堂が知られています。

☆ポルティナーリ礼拝堂(ルネッサンス初期の建築)

↓クーポラ

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↓クーポラを支える美しい天使たち


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↓絵葉書

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↓殉教者聖ペテロの棺



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途中地下に降りる階段があり、ローマ時代と初期キリスト教の墓地の遺構があるのですが、ロープが張られて見学時間が決められていて、断念しました。


またトラムでドゥオーモ近くまで戻り、回転ずしの看板にひかれて入ってみました。ネタはマグロと鮭くらいで、回ってくるのはギョーザとかシュウマイという?なお店。韓国人の経営のようでした。それでも久しぶりにお寿司らしきものを食べて、おなかも落ち着いた感じ。ホテルで午睡ののち、スカラ座へ。


♪~プッチーニ『ラ・ボエーム』@スカラ座20:00開演


指揮:NIKSA BAREZA 演出:FRANCO ZEFFIRELLI  


ロドルフォ:Massimiliano Pisapia  ショナール:Filippo Morace    ブノア:Dominico Colaianni

ミミ:Hei Kyung Hono    マルチェッロ:Vincenzo Taormina   ムゼッタ:Laura Giordani

コリーネ:Paolo Battaglia   アルチンドロ:Matteo Peirone


 まるで映画を見ているかのようなゼッフィレッリの演出。スカラ座のボエームはプログラムをチェックしたところ、1963年からゼッフィレッリの演出を使っています。この2005年の舞台でなんと!19回目!!指揮者はカラヤンからカルロス・クライバーも振っていますし、ミミはフレーニ、コトルバス。ロドルフォはパバロッティ、カレーラスなど錚々たるメンバーです。でも今夜の舞台は指揮者をはじめ知らない人ばかり、ミミのヘイ・キョンさんだけは何処かで聴いたことがあるかも(映像だった?)。ですが、スカラ座で観るボエームはスペシャル版という想いで楽しめました。席は良いクラスのが手に入らなくて、バルコンの2列目だったのですが、最前列に座る人は来ないので、同じボックスにいた日本人の女性も一緒に前列へ移動。ラッキーでした。

↓プログラム  表紙の絵はピサロの『オペラ大通り』1898

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帰りは11時近くになり、ホテルまでの夜道が心配でしたが、難なくホテルに戻れました。


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(9)カリアリ~ミラノ [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/29(水)

Cagliari10:35→Roma11:45/12:30→Milano13:40

 Milano/Hotel Grand Duca di York3泊


 カリアリ空港のショップでボッタルガ(からすみ)を購入。真空パックでも冷蔵品なので、このあとはホテルに着くたびにまず冷蔵庫に入れて、大事に扱いながら日本に持ち帰りました。

 

ミラノはリナーテ空港に到着。タクシーでホテルへ。ネットで見つけたホテルですが、場所がミラノスカラ座に近い(徒歩10~15分くらい)のとアンブロージァ美術館の隣なので閑静なのが決め手でした。

ただ内装は宿泊代のわりに簡素です。

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↓ロマネスクの苦行?も終わり、ここで3泊してオペラも明日からなのでゆったり気分。


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夕方になり街歩きついでに、ちょっぴりロマネスク様式の残る教会へ。とにかく人や車が多く喧騒のなかでは見学の気持ちも失せました。


☆ミラノのサン・バビラ教会 San Babila di Milano

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 教会の前の広場にはメトロの入り口階段も見えます。交通の要所?サルデーニャの人里から離れた教会を見た後では気の毒になるほどの立地です。サン・バビラ教会は11世紀に創建されたのですが、1853-1906年の間にネオ・ロマネスク様式に改造されました。


夕暮れに近く写真が暗いのでGoogle Earthからスキャンしました。

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夕食もこの近くで済ませ、ホテルに戻りました。


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(8)オルビア~カリアリ [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/28(火)

Olbia9:17→Ozier10:23乗り換え→Cagliari13:19

Cagliari/Regina Margherita 1泊


↓ オルビアのホテルの朝食室

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↓出発の朝ロビーで

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 ホテルのお世話になった娘さんに「また来てくださいね」と送られて、駅へ。心配した遅れもなく4時間汽車に揺られて無事カリアリに到着しました。イタリアの本土に比べると、あまり情報もないサルデーニャの旅を終えて、ほっとしたのかベットに横になっているうちにスヤスヤ…。目覚めると夕方になっていました。前回とは違うレストランでしたが、地元客でにぎわうカジュアルな雰囲気の中でイカや小魚のフリットなど、いただきました。


 

あとがき (1)
以前サルデーニャ旅日記を手違いで消してしまい、新たに書く気持ちになれなかったのですが、パソコンの不調で下書きもまた失う恐れがあり、なんとか急ぎ完成させました。忘れかけたサルデーニャ・ロマネスクの魅力を再発見できたことが収穫でした。アカデミックなロマネスク好きな方たちに怒られそうな、いつものミーハー・ロマネスク紀行です。

 

あとがき(2)

2005
6月末に訪れ、ほぼ1週間でサルデーニャ・ロマネスクの教会を20箇所めぐりました。
ちなみに参考書で紹介されているのは全部で49箇所です。そのうちつきの(より優れた主要な)18聖堂のなかからリストアップして計画を立て15聖堂とその他のなかから5聖堂を訪問しました。この参考書がなかったら、一人旅で自由に周ることは不可能だったと思います。

あとがき(3)

あとがき(1)で書いたサルデーニャ・ロマネスクの記事をワードに残してありましたので、ブログを書くことができました。ただ、ブログの字体とワードの字体が一致せず、見苦しいものになってしまいました。15年前の旅なのでGoogle Earthで確認しながらアップしたのですが、サッサリのバスセンターがなくなっていたほかは、泊まったホテルも廃業したところもなく、再訪したい気持ちが高まりました(無理でしょうけれど)。サルデーニャに行く前は「山賊がでるよ」とか「治安が悪い」とか言われましたが、あのころに比べると、観光客も増えて、いろいろ整備されたのではないでしょうか。

    


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(7)サッサリ~オルビア [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/27(月)Sassari13:30→Olbia15:19(列車)

Olbia/Hotel Cavour 1泊


 しかし、昨日は頑張りすぎだったので、翌日の私は元気が出ません。午後の出発なので、ホテルのチェックアウトの時間まで部屋でのんびり過ごしました。バスで駅へ行き、構内のカフェで軽くランチのあと、列車で島の北東の港町オルビアへ。途中、昨日訪れた3教会が次々に車窓に現れ、そのたびに拍手をしそうになるほど嬉しい~!。でもカメラをバックから取り出す間もなく通過してしまいました。

オルビア駅から徒歩23分、フランス風の洒落たカフェの並ぶ広場の裏のホテルに到着。リゾートの町らしい家族経営のホテルで、白が基調のインテリアもセンス良く、気に入りました。

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 休憩の後はサン・シンプリチオ教会へ。地図を見ると近そうだったのですが・・・目抜き通りを歩き線路を越え、20分ほどかかってようやく商店の続く街角に見えてきました。

道路側から見上げた後背部。教会の横は小さな公園になっていて、ベンチに高校生?のグループが数人いたので、一瞬不良か?と恐れたのですが、彼らはおしゃべりに夢中(ごめんね勝手に怖がって)。いつぞやのプーリアの不良高校生たちのトラウマがあったのです。


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 ☆オルビアのサン・シンプリチオ教会 San Simplicio di Olbia


古い旅行案内書では墓地の一角にあると書かれていましたが、最近整備されたのでしょう。お墓は全く見あたらず、広い敷地に11~12世紀に建てられた教会が堂々とした姿を見せています。壁面の石積みの一部に赤いレンガを使ってアクセントにしているのが特徴。ロンバルデア帯がきちんと並んで端正な感じです。ファサードは簡素で上部の3連窓の右にとても小さな壁式鐘楼。


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↓道路側から見える後背部


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↓階段を上がって敷地から


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↓内部は三廊式のバジリカ。祭室の壁にこの教会の聖人San Simplicioのフレスコ画が残っています。

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翼廊や後陣の細長い窓からの光がやさしく、はるばるやってきた私を迎えてくれました。素朴な柱頭彫刻も好ましく眺めていました。

が、静かで誰もいないと思ったら、うめくような声・・・ベンチから崩れるように伏して祈る黒い人影にドキリ。はじめは失礼ながら物乞いの人が行き倒れになったのかと思ったのですが、近寄ると80歳くらいのおばあさんです。どんなに辛いことがあったのでしょうか・・・その暗く苦悩に満ちたまなざしに驚きました。人生の終わりがすぐそこに見えても、こんな風に祈らなければならないほどの試練とは何なのか。
ふいをつかれて私に見られたものの彼女自身、誰にも見せない、見せたくない顔だったのでしょうか。


うろたえて後陣のフレスコ画を見ないまま、逃れるように外にでました。物思いにふけりながら、もと来た道を戻りました。途中喉が渇いたのでジュースを買おうと店先でお財布を出したら、10歳くらいのかわいい女の子が、手をだしてお金の無心。「え~っ!」どう見ても普通の小学生。もちろん断りましたが、そのあとでまた、アメリカ人らしい観光客にねだっているところをみました。彼もすごく驚いて「どうしてこんなことをするのか?」と英語で聞きただすと、逃げてしまいました。変態趣味の男にひっかかることもあり得ます。なんという危険な・・・娘を持つ身ですから人事とは思えません。しかし、そばでみている地元の人は誰も注意しません。公認?なのかしら。夕食にでたときもこの子は母親と小さな妹と三人で歩いているところにであいましたが、近所の人たちと親しげに挨拶をしていました。リゾートの華やかな表の顔と違う裏の顔がちらりと見えたオルビアでした。


さて気分を変えて、美しい港町でのグルメを楽しみましょうと、ホテルで紹介された評判のレストランへ。写真はサルデーニャの薄いパリパリのパン「パーネ・カラサウ」だけですが、海の幸のパスタなど美味でした。

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↓夕暮れのオルビア


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↓ホテル


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サルデーニャのロマネスク巡りの旅も実質今日で終わりました。毎日お天気に恵まれて、ほぼ計画通りに進みました。明日はサルデーニャ島をほぼ東→中央→南に横断してカリアリに戻ります。





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(6-2)サッサリ(ソッレス、トゥルッラス、ポルト・トッレス) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

~続きです。

 Ardanaから南へ数キロのところのBORUTTAの町外れに、サルデーニャ・ロマネスクの特徴を備えた教会が人里離れた地にぽつんと建っています。遠景から写真を撮りたくてストップしてもらいました。

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☆ソッレスのサン・ピエトロ教会San Pietro di Sorres


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 教会に近づくにつれてファサードの繊細な模様が見えてきます。正面扉口のタンパンのギリシャ十字、そのうえのニ連窓。そしてピサ様式の連続アーチにレース編みのような細工が彫りこまれ、これぞ中世の手仕事の美と見惚れました。(Maestro Marianoのサインあり)


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教会の周りの建物はベネディクト会の修道院です。

また日曜日なので、教会の行事があり内部は入り口付近だけしか入れません。そのためか内部は、あまり記憶に残っていないのが残念です。三廊式のバジリカ。後陣は半円形の祭室が一つ。


柵にさえぎられて後背部を見ることができないのも心残りでした。横の建物にブックショップもあったのですが、閉まっていました。ミサが終わってから開けるのかも?


↓Google Earth より


近くの町BORUTTAから徒歩で30分ぐらいの小高い丘の上に建っています。
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タクシーをなるべく使わないでサルデーニャ巡りをしたかったので、いろいろ検索していたのですが・・・一日何便かの限られたバスでは、やはり無理でしたが、参考のためMAPを貼りました。


上記のBORUTTAからさらに南下。周りには何もないところなので遠くからでもその可愛い姿がみえてきました。

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☆トゥルッラスのサン二コラ教会San Nicola di Trullas

起源はローマ時代のヴィラですが、1113年に現在の教会に建て替えられました。

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残念なことに内部の見学不可。ここは予約してくればよかったと思いました。内部には12~13世紀のフレスコ画が一部分ですがですが、残っています。

↓参考書の写真は黙示録のユダヤの長老と欠けていますが神の子羊。色鮮やかに残っているのは保護の賜物でしょう。↓

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サルデーニャ・ロマネスクの魅力のひとつはロケーションの素晴らしさ。この小さな教会の建つあたりも遠くの村から聞こえてくる時を告げる鐘の音。そして放牧された羊の群れの鈴の音がちりんちりんと風に乗って聞こえるだけ・・・。しばし、雑念を払い深呼吸。壁画は見れなかったけれど、心に残る小さな教会でした。


ここを最後にサッサリの駅まで戻り、タクシーを降りました。お腹がすいてふらふらでしたが、意外に元気なのでこのままポルト・トッレスまで行こうと思ったのですが・・・。あいにく今日は日曜日、列車の便がまばら。バスならあるとのことで、徒歩数分の近隣の町へ行くバスのターミナルへ。ここは本当に不親切で、わかりにくいところ。日曜日で切符売り場が閉まっているものですから、時刻を調べるのも一苦労でした。ジェノヴァ(ものすごく蒸し暑いそう)から避暑?で来ているという男性もサッサリは観光客に無愛想だと怒っていました。彼日本語が少しできるビジネスマンで、「さようなら」を「おはよう」といって帰っていきました。イタリア語ではボンジョルノを「さようなら」の意味でも使うので(笑)


ようやくポルト・トッレス行きのバスの時刻が1時間半後に出発とわかったので、町の中心のイタリア広場に戻りランチ。タクシー代で空っぽになった財布にも広場のATMでCASHを補充して、さて出発です。
午後も3時半ころだったでしょうか、相変わらずイタリアの明るい空が広がっていました。
サルデーニャ島の北端の港町ポルト・トッレスのバスセンターに着いたのは4時半ころ。降りるとき運転手さんに教会の場所を聞いたところ、その教会は途中にあったんだよといって、すぐ折り返すからと乗せてくれました。そして親切に帰りの時刻もメモに書いてくれたのですが、それを見てガーン。私が調べて来たのよりずーっと遅いのです。困ったなと思いながらも、港町にしてはみんなのんびりしてて、怪しい雰囲気など少しも感じられないのどかな町です。なんとかなるわ~(いつものセリフ)


まずサン・ガヴィーノ教会へ。バス通りからは見えませんが、お年寄りがベンチで楽しくおしゃべりしていたので尋ねるとそこの階段を上ったところというのです。やれやれようやく辿りつきました。


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☆ポルト・トッレスのサン・ガヴィーノ教会 San Gavino di Porto Torres


サルデーニャで建てられたピサ様式の教会の中では最古。着工は1063-65年、完成は1111年。全体図がカメラには収まりきらない大きな教会ですが、連続するロンバルディア帯がリズミカルです。


↓北東側から

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側面の扉口から入って(有料)左の後陣から反対側を見ますと、あらら!両側に内陣を持つ構造の教会です。ファサードを欠く教会というのは珍しいです。私はこの時初めてお目にかかりました。


↓内部 上の写真が西側後陣(こちらが主祭壇)下の写真が東側


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↓側廊からクリプト(6世紀)へ。


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広場に通じる南扉口があります。広場といってもすぐ近くに民家が迫っていて、ローマ時代の神殿跡の柱がこのお宅の門柱のように並んでいます。柱頭彫刻に天使の姿。

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その列柱から西側後陣を撮りました。東側とほぼ同じ外観です。


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見学が終わって階段を下りると、まだ先ほどのかたたちがいて「どうだった?」というので「素晴らしい!!」と答えると、それはそうさと満足げ。楽しそうな笑顔を撮らせていただきました。皆さんのおしゃべりはいつまで続くのでしょう。


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この後は徒歩10分の駅まで行って時間表を見るとまだ1時間以上も時間が・・・駅付近は何もないところなので、また街に戻りカフェでジェラート。暑い中行ったりきたりで、とても疲れました。


さすがにサッサリに戻るころは夕闇が迫っていました。こんなに頑張れるなんて凄い!と我ながらびっくりの一日でした。



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(6-1)サッサリ(サッカルジア、サルヴェーネロ、ビザルチオ、アルダラ) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/26(日)

 昨日ホテルにタクシーのチャーターを頼み、9時に迎えに来てもらい出発しました。この日も9時から14時まで走行の予定です。運転手さんはこの近辺の教会めぐりには慣れているようで、迷うこともなく安心でした。まずサッサリから南東へ15キロのサッカルジアへ。サルデーニャ・ロマネスクのなかでは最も有名な教会です。低い丘の連なる見晴らしのよい場所に孤高の姿が見えてきました。


サッカルジアのサンティッシマ・トリニタ教会 Santissima Trinita di Saccargia


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ピサ様式の白黒の縞模様の石壁に、ファサードのデザインの見事なこと!柱廊のある玄関口は動物の幻想的な柱頭彫刻で飾られています。


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ここから入場料を払い内部に入ります。単廊式のバジリカには後陣に13世紀のフレスコ画が描かれています。黒の地色が外壁の色とマッチして綺麗で見とれました。マンドラのキリストを中心に天使や聖人、イエスの物語など。左右に付随した礼拝堂が控えています。


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↓ 正面向かって右側に修道院があった場所には雑草に混じって青い花が咲き乱れていました。

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↓後背部にまわりますと、絵葉書などを売る出店が2.3店並んでいます。ここで買った絵葉書を友人たちに送りました。周りの景観も素晴らしいので秋や冬にも見る価値がありそうです。といっても気軽に訪問という場所ではありませんが・・・。鐘楼は2と3の連窓がついて、どの方角からもよく見え、堂々たる風格、存在感があります。

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↓Google Earthより


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↓絵葉書

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サッカルジアから3キロほど東のサルヴェネロへ。遠くに工場の煙突が見える荒地にサン・ミケーレ教会がぽつんと建っています。曲がった細い道を行くと教会の後背部側に着きます。正面に廻ってみましたが、扉は鉄の柵で厳重に閉ざされていました。建物も荒れたままに放置されている状態。そんななかにも野生のゆりなどが咲いていて心和みました。いつか修復されることがあるのでしょうか?12世紀に建てられた教会です。勿体ない・・・。


サルヴェネロのサン・ミケーレ教会

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さらに東に18Kほど行くとOzieri、その北の石ころのめだつ荒れ地の高台にビザルチオ教会の姿。遠くから近づいていくのはワクワク感もあり、印象深いものです。

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☆ビザルチオのサンタンティオコ教会 Sant'Antioco di Bisarcio


土の色と似た赤茶けた壁ですが、近くで見ると石の風合いとともに長い年月を経たものの持つ力強さを感じました。正面はフランスのロマネスクの影響といわれるポルテコの前室があります。しかし、改修工事のため入れるのはここまででした。鐘楼は先が接断されています。後陣外観もピサ様式の装飾窓が美しい。

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↓工事中だったポルティコの前室は参考書からスキャンしました。

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 教会の建つ高台の下でカランカランと音がしますので覗いたら、近くの農家に帰ってきた羊たちの群れが見えました。見物客が何人かいましたが、のどかね~といってお互いに微笑むのが一人旅の中のささやかな喜び。心温まるひとときでした。次は幹線道路を少し戻ったところのアルダラへ。
サッサリからの鉄道駅もあるArdaraの丘の上に建っています。日曜日の礼拝が終わったところで町の人たちが教会内にまだ多く残っていました。
☆アルダラのサンタ・マリア・デル・レーニョ教会Santa Maria del Regno di Ardara
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こげ茶色のレンガ石積みの外壁は落ち着いた感じ。正面はサルデーニャ・ロマネスクの大部分で見られる2連の窓を扉口の上部に備え、左に鐘楼。1107年完成し、当初は宮廷礼拝堂でした。

そのためか華やかな装飾がなされています。三廊式の柱の両側にはサルデーニャ・ロマネスクではあまり見かけないほど、祭壇画や彫刻で飾られ、内陣にもきらびやかな金箔の大きな祭壇画が置かれています。そうであっても構造は元のままというのもあって、印象はやはりロマネスクでした。結構高い丘の上にあるロケーションもかなり高い好感度。写真はまたまた逆光。午前中はファサードの写真は難しいです。


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Ardaraの丘を下り、南下してソッレスに向かいます。続きます~。

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(5)オリスターノ~サッサリ [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/25(土)Oristano7:56→Sassari10:34(列車)


Sassari/Hotel Leonardo Da Vinci 2泊


 7時ごろレセプションでミニバーの精算をしようとしたら、朝食をとらなかったからとサービスしてくれました。少額でもその心遣いは嬉しいものです。


仕事熱心な運転手さんに名残惜しく?送られて、8時ころの列車に乗りオリスターノから島の北に位置するサッサリへ向かいました。車窓の風景は今までになく荒涼とした潅木の茂る地に変わってきました。

2時間半ほどでサッサリ駅に到着しました。ところがタクシーはいくら待っても現れず、キオスクのおじさんに訊いて、駅前のバスに乗りホテルへ。このバスはホテルのすぐ前に止まる循環バスなのでとても便利でした。

↓ホテル・レオナルド・ダ・ヴィンチ(名前は立派ですが3☆)

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ホテルで休憩しましたが、昨日の疲れが残っていて、予定していたポルト・トッレスに行く元気が出ません。それでこの日はサンナ国立博物館サッサリ大聖堂など市内の観光をして終わることにして、ホテルでのんびり過ごしました。

☆サンナ国立博物館

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夏の間は昼休みが長く夜は8時くらいまで開いていますので、やや涼しくなった夕方からゆっくり見学しました。ここでも先史時代の遺跡、墓地そしてヌラーゲ文化部門は充実しています。ヌラーゲが初期キリスト教会に転用または影響を与えていくところに一番興味があったのですが・・・言葉の厚い壁に阻まれて、良く理解できませんでした。補記:ヌラーゲ文化はローマ人の征服により紀元前3世紀ごろに終焉。その後初期キリスト教が始まるのは本土より、やや遅い5世紀とみると、かなりの時間があります。そのため謎の部分が多く解明が進んでいないとのこと。


↓発掘により再現された初期キリスト教会のモデル

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↓発掘されたヌラーゲの祭壇?


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↓時代は不明ですが海の幸の床モザイク

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近くのレストランで夕食。カラフで出てきた地元のワインはあまり美味しくはなかったけれど、アクワミネラーレより安い!ここから旧市街に入り、狭い路地をかなり歩き大聖堂へ。


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見えてきたけれど何処から?道が複雑です。


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↓ようやく大聖堂の広場に着きました

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↓サッサリの大聖堂はオリジナルは12世紀のロマネスク様式だったのですが、15,6世紀にアラゴン風ゴシック様式に建て直されています。ファサードは17,8世紀に制作されたバロックの色濃いもの。

玄関中廊があります。


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この日は土曜日とあって音楽隊がでたり、人々でにぎわっていました。夕涼みの若いお母さんが抱っこしている赤ちゃんが可愛くて「私の孫と同じくらいなの」といって(通じてない?)、ただ穏やかな笑顔を向ける美人ママとお姉ちゃんも一緒に撮影させていただきました。


↓帰り道、素敵な建物と思ったら劇場でした。

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 大きなイタリア広場に出ると、ホテルのあるローマ通りに通じています。やれやれ…無事に帰れました。レセプションで「チェックインの時預けていたパスポートを返してください「」というと違う名前のパスポートを渡されて、びっくり!オリスターノからの列車にも日本人らしき人を3人見かけたので、本土ほどではありませんがサルデーニャも人気のようです。


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(4-2)オリスターノ(ボナルカド、ミリス、シニス) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

~続きです。


 

 怒涛の本日のサルデーニャ・ロマネスク巡り中部篇もそろそろお昼をまわり、時間切れに近くなりました。タクシーは焦るようにスピードをあげてマコメールから南下、田舎の狭い道を走り、丘の上の町ボナルカドに到着しました。細長い広場にサンタ・マリア教会とマドンナ・ディ・ボナカットゥ聖所祈念堂が建っています。道を隔ててBarやお土産屋さんが並んでいますが、観光客の姿はなくひっそりしていました。6月のイタリアは毎日30度以上の暑さです。こんな日の昼ごはんの時間にせっせと歩き回るのは私くらいしかいません。

☆ボナルカドのマドンナ・ディ・バナルカドゥ聖所祈念堂(旧サンタ・マリア教会)&サンタ・マリア教会

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上の写真では手前にある小さな聖所祈念堂を先に見学しました。入り口が2箇所あり、内部は一部小物のショップになっていました。ギリシア十字のシンプルな構造です。丸いドーム屋根のすぐ下が明り取りの窓で、そこからの光が内部の石壁に映って神秘的な空間。祭壇の飾りもお花だけの清楚で、とてもいい感じ。オリジナルは5世紀の創建とのことです。

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隣の階段を少し上ったところが新サンタ・マリア教会。玄武岩でしょうか、今までの中では一番
黒っぽい地味な外壁です。広場には後陣を見せてますので、脇の入り口から入りました。飾りのないファサ-ドなので写真は撮りませんでしたが、内部も1枚だけ。内陣の一部ですが、あまり記憶にありません。木組みの天井ですね。

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↓2つの教会のプラン

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↓Google Earthより

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運転手さんが待っているBarに戻り、コーヒータイム。ここの店主が古いサンタ・マリア教会の写真を店内にいくつか飾っていて、いろいろ説明してくれました。(大部分理解できず・・・)戦前のお祭りの写真とかも残っていて、教会がこの村の、店のご主人の誇りというのが伝わってきました。

次の予定にしていたMilisは実は運転手さんのミスで、あっという間に通り過ぎてしまって、違う教会に連れて行かれたのです。↓ミリスの街角

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空腹と疲れもあり、町はずれのミリスのサン・パオロ教会は車の中から眺めただけで終わりました。↓参考書からスキャンしました。後方に墓地が広がっています。12世紀のピサ様式の建築。

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 ホテルに着くころになると、またまたちゃっかりな運転手さん。ランチの後は疲れたから夕方まで昼寝するというのを、ここまできてタッロスを観ない人はいないというのです。サービスするというので交渉成立。6時に迎えにきてもらうことにしました。ホテルの食堂へ直行してランチを済ませ、あとは倒れるようにベットへ。6時にロビーに降りるともうタクシーの運転手さんは張り切って?待機していました。
夕方の6時といってもまだ昼間のように明るいなかORISTANOから西へ。湾を左に眺めながらシニス半島突端のサン・マルコ岬まで走ります。タッロスTharrosの遺跡は一部海中に沈んでいます。入場券を払い柵の小道に沿って歩きます。もとは最古のヌラーゲ集落(紀元前10世紀~前5世紀)のあった場所にフェニキア人によって前8世紀ごろに造られました。その後はカルタゴ、エトルリア、ギリシャ、ローマと支配され交易で栄えた歴史を持っています。地盤沈下やサラセン人の侵入で町はうち捨てられました。発掘は17世紀からはじまりましたが、ルネッサンス時代にはすでに見学の対象になっていたそうです。下水溝が走る道路に沿って、古代カルタゴの家屋や要塞、帝政ローマ時代の神殿、初期キリスト教時代の洗礼堂(5世紀)などが廃墟となっています。考古学のお好きな方には見逃せない場所でしょう。
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まず、目に入るのは海辺に立つ神殿の柱です。その彼方にヨットが何艘も浮かんでいます。さすが、リゾート地サルデーニャ、すでに夏のバカンスが始まっています。
岩陰に咲く小さな花を愛でながら1キロくらい歩くと、さすがに今日の疲れが腰にひびき、痛くなってきました。
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 結局入場券に含まれていた博物館もパスして、30分ほどで退散しました。それにそろそろ夕暮れです。
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この近辺は計画に入ってませんでしたので、資料もないのでもう帰るというと、運転手さんがこの近くに古い教会があるよというのです。地図だけは持っていましたのでチェックしましたら、帰り道沿いに寄れることがわかりました。ちゃっかり運転手さんもたまに良いこと言うわ。(笑)
タッロスの廃墟から賑わう海水浴場の横を走り、車で数分の道路沿いに古い聖堂が見えてきました。

☆シニスのサン・ジョバンニ教会San Giovanni di SINIS
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 サルデーニャのプレ・ロマネスクの代表格の教会です。6世紀のドームに加えて、9世紀に今の建物になりました。同じプレ・ロマネスクのカリアリのサトゥルニーノよりも、天井も低く、素朴でプリミティブな建築様式。正面には十字架の飾りなどもありません。でも、内部に入ってみますと太い柱が並んだ三廊式のバジリカに夕暮れ迫る淡い光が差し込んでいます。信仰を持たない私にはなにか恐ろしいほどの神々しい雰囲気。壁には緑の苔が生えていて、足元には古い板が張られています。後陣は半円形で石棺らしい祭壇が見えましたが、何故か、ずかずかと奥まで踏み込めないような厳粛さがあたりを支配していました。
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入り口付近に留まり写真を写してから、外に出て道路側からの後背部を眺めました。逆光のため壁の色がまったく変わって写りました。
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予期せぬ出来事で素晴らしいロマネスク体験ができました。オリスターノの大聖堂の前でタクシーを降りようとしたら、またまた「明日は何時の汽車?」「朝とても早くなのよ」「問題ないよ。迎えに行きます」ということで、この運転手さんとはオリスターノの最初から最後までご一緒でした。
↓オリスターノの大聖堂
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↓大聖堂からホテルへの道
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夕食は盛りだくさんのスケジュールをこなしたせいで疲れ果ててしまい、食堂に行く元気も食欲もありません。手持ちのせんべいや果物などでおなかをごまかし、就寝。




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(4-1)オリスターノ(ギラルツァ、ズーリ、オッターナ、シラヌス) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/24(金)

 昨日Oristano駅から乗ったタクシーの運転手さんはほとんど英語のできない人だったので、ホテルに今日のタクシーを頼むつもりでした。ところが、愛想良く、なんだかんだと私の予定を聞きだし、出発時間に行くよというのです。言葉がわからないふりで降車したのですが・・・。朝9時にロビーに下りてみたら、ちゃっかり待ち構えていました。ホテルの人とも親しげにしていたので、まあいいかと地図を見せて廻る場所を確認し、出発です。計画では9時から1時半までの4時間半で250キロほど走ります。


まず、北東へ。Abbasantaという町を抜け右折するとまもなくGhilarza。街道沿いに今日の第一番目の教会が建っていました。

☆ギラルツアのサン・パルメリオ教会San Palmerio

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あいにく逆光のため暗い写真になってしまいました。正面上部の簡素な鐘楼はUtaVilla Speciosaに似ていますが、ここで初めてサルデーニャに多い(ピサ様式)白・黒ストライプの石積み外壁を持つ教会に出会いました。ここもあいにく閉鎖中。民家や塀と繋がって建ってますから後背部の確認もできないのは淋しい気持ち。写真では不鮮明ですが、側面最上部に半円形の小さい窓が数多く並んでいます。


正面向かって右側の少し離れたところに15世紀のカタロニア様式の塔。ここからさらに東へ進むとOmodeo湖が見えてきました。オモデオ湖はダムのために造られた人造湖です。このとき(1953年)古い民家などが湖の底に沈んだのですが、サン・ピエトロ教会だけは現在地に1923-25年に移築されました。湖を見渡せる丘の上に建っています。

小さな集落があり一軒の家がこの教会の鍵を持っているのですが、予約もしないで来てしまったので内部には入れませんでした。

☆ズーリのサン・ピエトロ教会San Pietro di Zuri

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13世紀から14世紀に建設されたロマネスク=ゴシック様式の教会です。外壁の明るいレンガ色、ファサードのまぐさ石やつけ柱に飾られた素朴な丸っこい浮き彫りに思わず「湖の底に沈められなくて良かったね~」と独り言。横の鐘楼の下から後背部に廻ると湖が顔面に開けてきます。後陣は下の写真のように5角形?に張り出し、両脇の付け柱はそのまま外壁と繋がっています。この付け柱の中間にかわいらしい手をつないだ子供たちの浮き彫りがあります。湖ができた当時の子供たちもこうして自分たちの村落が沈むさまを見ていたのでしょうか・・・切ない気持ちになりました。

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参考書の写真によりますと、内部は単廊式で内陣は階段を少し上ったところにあり、柱がないので高い窓からの採光が意外に明るい空間を造っています。

この後は湖の景観を楽しみながら次の目的地オッターナへ向かいました

イタリア・ロマネスクの本が年に12冊の割合で出版されています。イタリア語はほんの片言なので読むのは無理なのですが、こうして個人でロマネスクの旅をするうえでの強力な助っ人になっています。サルデーニャ版がボローニャのネット書店から届いて、下の表紙
を見たときにサルデーニャ行きを決意したというわけです。


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さて、いよいよその思い入れの深いオッターナに到着しました。

サルデーニャのなかでも名教会として知られるのがサン・ニコラ教会。昔は羊飼いの町、今はやや近代的な工業の町となったオッターナの町の中心の小高い場所に、重々しく(もっと鄙びた教会との想像ははずれ)建っていました。逆光で写真が黒っぽく写りましたが、外壁の墨色や濃淡の茶色のグラデーションの美しくこと!周りは手入れの行き届いた芝生や花で飾られ、さすが!です。


☆オッターナのサン・二コラ教会San Nicola di Ottana

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↓近くから写すとようやくきれいな色になりました。

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内部の写真は手違いで失ってしまいましたが、単廊式の神聖な場所という感じの強い空間でした。ピサ様式の教会なので、正面上部の2連の開かれた窓や入れ子になった菱形の意匠なども素敵です。そういえばカリアリの銀行にもこの教会の大きなポスターが飾られていました。


朝から夢中になってここまで来られたから、もう満足。後は付録だわと思いながらも次の目的地シラヌスへ。ところが付録どころか、またまたサルデーニャらしい景観に触れることができたのです。シラヌスの町から近く、国道沿いに初めに見えてきたのは単一で立つヌラーゲでした。そして、その陰から現れたのが赤い帽子の屋根が可愛い、小さなサンタ・サビーナ教会(11世紀)。運転手さんと声をそろえて「ベリッシマ!!」の連発でした。(笑)望遠レンズがない安デジカメなので、上手くふたつを収められなくて、ぎりぎりのアングル・・・。

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ロマネスク聖堂をひとつでも多く見たいという旅。それも1週間という限られた時間です。途中有名なヌラーゲの集落もあったのですが、そのために道をそれることもかなわずでした。ここでヌラーゲも見学できるというのですから喜びました。周囲は枯れ草に覆われた草原ですが、教会の近くまで車は入れます。


☆シラヌスのサンタ・サビーナ教会Santa Sabina di Silanus



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後背部の脇に立つ一本の木がサルデーニャの厳しい風土を物語っているようです


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残念ながら隣の管理棟?には人影なし。内部は見学できませんでした。参考書のプランによりますと、中心はロトンダ様式の円形の身廊に両脇にふたつの礼拝室という構成。それぞれ半円形の後陣が付随。


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先史時代に誕生したヌラーゲ文化はサルデーニャの独自性を最も現しています。各地で発掘されたヌラーゲは7000を数え、そのうち世界遺産にもなっているBaruminiの集落は世界遺産に登録されています。ここシラヌスのヌラーゲは墓室(聖なる井戸と巨人の墓)ということで内部はしめ縄?を張ったような祭壇が飾られ、脇の階段は屋根の上に続いています。私のほかに足の悪いお父さんと一緒に来ていた若い女性が(上の写真、ヌラーゲの上にいます)上りました。私が先に降りた後、彼女はしばらく祈るように佇んでいました。いつまでも忘れられない風景です。

ここからマコメールを経て、オリスターノに戻る途中、わき道を西にそれます。続きます~。


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(3)カリアリ(ウタ、ヴィラスペチオーザ)~オリスターノ(サンタ・ジュスタ) [2005年夏サルデーニャ・ロマネスクとオペラ]

6/23(木)

 スーツケースをホテルに預け、5泊分の荷物を小型のキャリーケースに詰めていよいよサルデーニャの地方めぐりに出発です。ホテルで頼んだタクシーに乗ってカリアリから北西へ25キロくらいの小さな町ウタUtaを目指します。ウタはバスの便もありますが、もうひとつのVilla Speciosaへ行く方法が不透明(徒歩は無理)なためタクシーを使いました。


サンタ・マリア教会はウタの町を通り抜けたはずれにぽつんと建っていました。係員が常駐しています。「日本人はロマネスクが好きだね。先週もグループが来てたよ」とややアキレ気味。でも嬉しそうでした。建物の向かって左の一画には古代ローマ時代の遺跡も保存されています。


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☆ウタのサンタ・マリア教会Santa Maria 

12世紀前半に修道院教会として創建。外壁は薄茶色の花崗岩。トップに壁式の鐘塔。ロンバルディア帯の小さな持ち送りがファサードや側面を飾っています。


↓正面扉口のタンパン

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この教会もほぼ元の形ですが、昨日訪れたDlianovaに比べると、小型でつつましい感じがしました。素敵~!とつぶやきながら外壁の粗い石の感触を確かめていますと、するするとイモリが壁を這っています。爬虫類はとても苦手なのですが、なぜかここでは可愛い~!と思っている自分が・・・不思議。↓後背部

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内部は三廊式のバジリカ様式で、後陣上部の明り取りの窓からやわらかな光が差し込んできます。

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その小さな窓を見上げていると、ふうっと何故か体が軽くなった心地。そして母の胎内にいるような無垢な気持ち。そんなイメージが湧いてきました。

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せかせかとロマネスク聖堂を巡るべきではないのです。ここはサルデーニャ・ロマネスクでもそれほど知られている教会ではありませんが、こうして無心になれるひと時に恵まれたことに感謝しながら、次の目的地2.5キロのVilla Speciosaへ向かいました。


車だとあっという間に隣の町に着きます。小さな町の広場にたむろしているおじいさんたちに教会の場所を訊くと、不思議そう&好奇な目で見られてしまいました。(はいはい物好きなんです)

教会は町外れの大きな公園の隣のだだっ広い空き地にぽつんと建っています。鍵がかかっていましたので、運転手さんが管理者の家をさがして鍵を開けてもらいに行ってくれたのですが、残念ながら留守でした。


☆ヴィラスペチオーザのサン・プラターノ教会San Platano

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その間に私はゆっくり外観を見学しました。外壁は白やさまざまなヴァリエーションの花崗岩や白い大理石をつぎはぎして、パッチワークのようです。正面上部の簡素な鐘楼はUtaのサンタ・マリアに似ています。その下の丸い飾りもパッチワーク風。村の人たちが石を集めて建てた、いかにも手造りという感じが好ましく見えましたが、実際はトスカーナや地元の石工たちによるもの。後陣の2連の祭室も小さく可憐な佇まい。

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↓結局管理人さんは留守で、内部は見学できませんでした。見取り図によりますと、単廊式の内部は中央の2本の太い柱によって支えられています。窓はどうやら正面左扉口の上1と後陣2の合わせて3箇所のようです。


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今日も朝から暑く、さえぎる木陰もないここは日射病になりそうで、中に入れないとなると長居はできません。乗り込んだ車から遠ざかる教会を振り返えると、古びた小さな宝石箱のような教会が青空に浮かんで見えました。素晴らしいロケーション!

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カリアリの駅に戻り、列車を待つ間プラットホームのBarで簡単ランチを済ませ、オリスターノへ。
Cagliari14:03→Oristano15:35

 

1時間半の列車の旅でオリスターノに到着。駅前からタクシーで郊外のサンタ・ジュスタ教会へ。

サンタ・ジュスタという同名の沼の近くにあります。公園のような広い敷地の小高い場所に堂々とした姿。


☆サンタ・ジュスタ教会Santa Giusta

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教会は1135年頃にピサから来た工匠たちによって建設されました。タンパンの十字架の上の三連のアーチに両脇のすっきりした2本のつけ柱。下から見上げると建物の高さが強調される効果でしょう。大きな教会で開いてると思っていたのですが、無常にも扉は堅く閉まってました。

 

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後背部に周りますとひとつの半円形の後陣。両脇はシメトリカルに平坦な造り。左側に鐘楼と端正な佇まいです。

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見取り図を見ますと内部は三廊式バジリカ、内陣はやや高くなっていて、その下がクリプタです。


 旧市街の外にあるオリスターノのホテルは海辺が近いこともあってリゾートの家族連れの多いところ。広いロビーからプールも見えます。迎えてくれたレセプションの女性は感じよく、お部屋も静かで良い宿でした。特にレストランがGOOD!!大衆的な値段と雰囲気。気楽にサルデーニャの海鮮(スカンピやボッタルガ)をたっぷり食べられて、幸せでした。

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