2001年夏の旅(8)ペルージア~フィレンツェ [2001夏イタリア美術とオペラの旅]
8/3(金)
今日はペルージアからフィレンツェに戻ります。ここペルージアで重い本を2冊(ウンブリアの写真集とロマネスクの本)購入したため、郵便局へ。ところがイタリアでは郵送の段ボールは売っていませんので、窓口の無愛想なおばさんに文房具屋へ行って買ってきてと言われ、近くの文房具屋さんへ。ツーリストのおばさんがそのようなものを買うとは思っていない?・・・手振り身振りでようやく郵送用の箱をゲット。郵便局へ戻り、箱を組み立てますが、なかなか上手くできません。おばさんはそんな私を睨みつけて、手伝ってもくれません。ペルージアの好印象がいっぺんにダウン・・・そこへ奥から係りの方が気が付いて、オフィスからでてきてヘルプしてくれました。船便で1000円くらいでしたので、安かったです。
ホテルをチェックアウトして、タクシーで駅へ行く途中、昨日パスしていた聖ドミニコ教会(14世紀)に寄ってもらいました。当時の「地球の歩き方」にカラヴァッジョの作品「Santa Francesca Romana」があると紹介されていたのです。
↓聖ドミニコ教会入口
広い堂内の確か右礼拝室にさりげなく飾られていました。カラヴァッジョの作品は真贋論争の続くものも多いので、残念ながらこれは追随者か模作であろうと思いました。この後フィレンツェで偶然発見した本によってそれは明らかになったのです。微妙に違いますが他にもほとんど同じ構図のスパダリーノの作品があったのです。
↓ Netで見つけたペルージアの「Santa Francesca Romana」はモノクロの画像ですが
↓ こちらはローマのプライベート・コレクションの作品。両方とも、聖女が夜の読書中に天使が光を提供したという奇跡の場面を描いています。
Galli Giovanni Antonio detto Spadarino (1585~1652)通称スパダリーノはローマのカラヴァジェスキと呼ばれるカラヴァッジョの追随者です。1951年にミラノで開催された「カラヴァッジョ展」にも下の絵画(カラー写真)は出品されたそうです。
ペルージァ発11:53〜フィレンツェ着13:51
ランチは列車内でサンドイッチで済ませ、フィレンツェのミネルヴァ・ホテルに戻りました。この日の散策はドゥオーモ、サンティ・アポストリ教会、サンタ・トリニタ教会を巡り、途中フェラガモでオペラ用の靴を持ってこなかったので、ショッピング。夏のバーゲンだったので日本の半額くらいでした。
☆ドゥオーモ(花の聖母大聖堂)3
午後遅くに入場したので、並ばずに済みました。この壮大な空間では「立派だな~!」と仰ぎ見るしかありません。今回はウッチェロが製作したといわれる時計の文字盤を観たかったのですが、高いところにあり、また逆光のためよく見えず、少々の見学で退散。
☆サンティ・アポストリ教会
ドゥオーモからヴェッキオ橋まで歩き、橋の手前のアルノ川沿いの道を右に200メートルほど行き、右折します。車の入らない小さな路地があり、その先に狭いリンポ広場に面してSs・Apostoli教会が建っています。11世紀のロマネスクの教会ですが、後世の改築をへて1930年代にまた元の姿に近く戻されました。観光客で賑わうフィレンツェの街なかとは思えないほど閑静な、そして中世の面影をとどめた界隈です。教会の内部はバジリカ式、ろうそくの光がゆらめく暗い空間でした。華やかなルネッサンスの絵画で彩られた教会ばかり見てきた目にはなんとも古めかしいところですが、何故かほっとする心地良さでした。
↓ 近くのその名もボルゴ・サンティ・アポストリ通り
☆サンタ・トリ二タ教会
フィレンツェ最古の教会のひとつで、11世紀の後半に献堂されていますが、14世紀にゴシック様式に改築されました。ファサードはバロック様式です。ここでの見どころはロレンツォ・モナコの「受胎告知」、ギルランダイオの「サン・フランチェスコの生涯」と「羊飼いの礼拝」でしょう。
↓ロレンツォ・モナコの「受胎告知の祭壇画」1422-23頃製作 全体は300×274
さて、夕食はランチが質素だった反動で、ちょっぴり豪華にAntinoriのレストランへ。アンティノーリ家はワインの醸造で有名なお家柄とか。まだあの小さなレストランがあるかどうかわかりませんが、独りで予約なしでも入れました。ただし、入り口ドアの傍でしたが。当時のイタリアにしては量もそこそこでお上品。なんとか3皿完食できました。ワインはグラスでいただきましたが、さすがにまろやかで深い味わい。酔いどれおばさんの一人旅。。。
でも明日からはオペラ仲間と合流です。フィレンツェにはもう一度戻ってきますので、ホテルに置いていく荷物と持っていく荷物に分けて、就寝。
コメント 0