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2002 秋プーリア・ロマネスクの旅 ブログトップ
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(4-2)バーリ(トラーニ) [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

~続きです。


 アドレア海を背に建つトラーニ大聖堂でタクシーを降りたのは1時を回っていました。聖堂の見学の前に、運転手さんもお勧めの聖堂の隣りに建つホテルのレストランでランチを済ませました。アンティパスト・ミスト(4皿)スパゲッティ・ボンゴレ、水、ワイン、エスプレッソで25EUR★★。野菜も沢山添えられ上品な味、鰯のマリネは酢がやや利きすぎ。

 

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ところが日曜日なので午後はミサも終わったからでしょうか?大聖堂の扉は固く閉まっていました。また一部は修復中。それで写真は外観のみですが、青い海と空を背景に建つトラーニ大聖堂の美しさは格別です。プーリアの諸聖堂は旧市街に埋もれるようにして建っていることが多いのですが、ここは海岸に孤立しています。

 

☆トラーニ大聖堂 Cattedrale di Trani

 この場所にはもともと5~7世紀のサン・レウチョの地下埋葬室があり、その上にマリアを祀る教会が建てられていました。しかし劣化が進み11世紀末、トラーニで夭折した二コラが列聖されたことから教会建設が始まり、13世紀前半に完成。

 

↓全景

 

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↓ファサード  薔薇窓やその下の小窓の周辺には動物たちの彫刻。

 

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↓扉口周りの彫刻も凄すぎる~。両サイドに人間を襲うライオン

 

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オリジナルの扉はブロンズ製(1175年制作)で現在は教会内部で観られるようです。私が訪れたときには情報がまだごく少なく、参考にしたイタリア旅行公式ガイド(1997NTT出版)ではオリジナルの扉はまだ外されていないときの記述でした。記憶が不確かですが、教会右にある司教区博物館に移されているとの情報もあったのです。しかし博物館も閉まっていました。

 

↓観られなかったブロンズの扉(参考書JacaBookよりスキャン)

 

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↓扉口側柱に彫られた「ヤコブの夢」

 

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↓南側面から

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↓後陣外観

 

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↓北側面へ

 

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↓プラン(左1F)(右クリプト)

 

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↓ 全体図はGoogle Earthから 

 

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↓近くには見学しませんでしたがお城も建っています。

 

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↓角を曲がるとき振り返って・・・

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 昼間の旧市街は人通りもまばらですが危険な感じは全然なく、のんびり歩きました。

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↓港のほうから見えたのはオニサンティ教会の後姿です。小道に面した入り口には柵があり閉まっていました。ここはテンプル騎士団のために献堂された12世紀の教会です。

 

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↓駅までの途中に見つけた小さなサン・フランチェスコ教会(1176-84) 屋根にクーポラが3つ並んでいます。

 

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 大聖堂から駅までは1Kくらいの距離です。列車の時刻にあわせてBARで一休み。次の目的地、モルフェッタまでは列車で行きました。この線は幹線なので日曜日でも本数があり便利です。

さて、モルフェッタ駅に到着しましたが・・・ここでプーリアの旅最大のトラブルが待っていたのです。

 

 疲れたのでモルフェッタの旧大聖堂まで駅前に停まっているタクシーで行こうとしたのですが、運転手さんはアルコールの入った赤い顔で、近いので(1キロくらい)歩いて行けばと断れてしまったのです。そこへ高校生くらいの男の子が二人現れ案内するというのです。地図も持っているからと断ったのですが、しつこく後ろからついてくるのです。途中、BARに寄って15分くらい休んでからでてみると、まだ待ち伏せしていて、目つきの悪い子も加わっています。ひと気のなくなったときが危ないかな?と日曜日の午後で閉まっているので内部は見学できないし、諦めて駅に戻りました。でも駅の近くまでなんだかんだと後ろから、文句言いながらついてくるのです。正直怖かったです。やっぱり南イタリアだわ・・・モルフェッタの旧大聖堂、外観だけでも観たかったので悔し涙でバーリに帰りました。明日からもこんなことがあったらどうしょう・・・ドッと疲れが出て夕食に出るのも億劫になり、部屋でカップラーメンを食べて早めに就寝。


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(4-1)バーリ(バルレッタ、カステル・デル・モンテ) [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/6(日)


  朝は風雨の激しい荒れ模様の天気、気温も10度くらいと低く、旅は始まったばかりですから、風邪に用心して厚着のうえにレインコートを羽織って出発。

このホテル、部屋の過ごし易さは良いのですが、貧しい朝食なのが残念。美味しくないパンをコーヒーとジュースでなんとか食べて、9時過ぎの列車でバルレッタへ。アドレア海岸を北に向かって走ります。列車の遅れもあって、バルレッタについたのは10時半ころになりました。途中雨も上がり青空の広がる素晴らしい天気になりました。今日のスケジュールは旅のハイライトが含まれ、距離も長いのでタクシーを使います。駅前のタクシーと交渉して、バルレッタで2教会の見学〜カステル・デル・モンテ〜トラーニまで100EURで行ってもらうことになりました。走行距離100キロ、2時間半くらいかかってトラーニの大聖堂まで送ってもらって、らくちんでした。

先ずは駅から港方向へ。お城を横目にドゥオーモへ。

 

聖堂前が狭いので全体の写真は撮れませんでした。GOOGLE EARTHから

 

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☆バルレッタ大聖堂Duomo di Barletta(初)

ロマネスク様式で12世紀前半に建立。14~15世紀にはゴシック様式で拡張。

↓ファサード 扉口はルネッサンス様式

 

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↓鐘塔の下はアーチで通り抜けできます。

 

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↓内部

 

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 内陣のキボリウム(1267年制作

 

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↓ドゥオーモ前の街路。黒ずくめのおばあさんが歩いてました。南イタリアに来たことを実感。

 

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少し駅の方へ戻りサント・セポルクロ聖堂へ。

 

☆サント・セポルクロ聖堂Santo Sepolcro(初)

街の中心大きな通りの角に建つ、12-13世紀のゴシック様式の教会。ロマネスクに近い3つの後陣。ファサードはルネッサンス期のもの。

 

↓左手にファサード。正面のアーチは中世の建築の遺構。

 

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↓内部は三廊式で、一部フレスコ画(14世紀)が残り

 

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↓13世紀の洗礼盤

 

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↓後陣外観

 

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↓教会北側の大通りにコロッソと呼ばれる巨大な古代彫刻。ローマ帝国末期の皇帝像と言われ13~14世紀にコンスタンティノープルから運ばれたもの。

 

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 バルレッタはこの日はフェスタで、音楽隊のあとに市民の団体などがパレードして賑やかでした。旧市街にある聖堂は、このあと訪れる各地の聖堂はほとんどが同じ状態、人々の生活にとけ込んだ、街に同化した形で建っています。オフホワイトのプーリアの大理石で造られているのも、浅い円を描く後陣も特徴でしょうか。

 

バルレッタをあとにカステル・デル・モンテへ。アンドレアの街を抜け30Kほど走り、広大なオリーブや松の森を抜けて丘の上のお城に着きました。周囲を含めて素晴らしい景観です。

 

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↓上空からの写真はGoogle Earthから(色が?)

 

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☆カステル・デル・モンテ(初)

 

 フリードリッヒ二2世(1194~1250)による大建造物、王の生涯や人となりはここでは触れませんが、北イタリアより南イタリアを愛し、芸術的技術的な興味を要約し、建造させたと言われています。八角形プランのそれぞれの角の外側に同じく八角形の塔。

 

↓中庭から

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 世界遺産だけあって、日本人のツアーも見学中です。ここはバスの便が悪いのでほとんどが団体かマイカー利用の見学者のようです。

 

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再びアンドレアを抜けて、アドレア海沿岸のトラーニへ向かいました。

 

続きます~。

 

 


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(3)ミラノ~バーリ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

10/5(土)ミラノ15:10→バーリ16:45


バーリ/グランドホテル・レオンドーロ2泊


 午前中はサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会へ。教会前にはティチネーゼ門に続きローマ時代の円柱が並んでいて壮観。すぐ脇を市電のレールが走っています。

 

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☆サン・ロレンツォ・マッツジョーレ教会San Lorenzo Maggiore(初)

聖堂の前に6本の円柱(2~3世紀)が並び、初期キリスト教時代に建立、12世紀にロマネスク様式に改造。そして16世紀後半に修復した集中式プランに3つの礼拝堂を持つ構造は当初のまま。改築を重ね一見複雑な外観ですが、ミラノでも最古の教会の一つ。

↓プラン

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 周歩廊に囲まれた集中式教会から4世紀のモザイクの残るサンタクィリーノ礼拝堂へ。礼拝堂の入り口の小さなブックショップのおじさんに入場料を払います。入り口硝子扉の左手に修復中のロンバルデァ派の磔刑図があり、テントの横からのぞき込んでようやく見れました。

↓8世紀の磔刑図(絵葉書)

 

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礼拝堂の内部は4世紀のモザイク画がありラヴェンナのより渋い色合い、洗練された感じ。後陣も複雑な形で元の建築構造も見て取れ興味深い。

↓6世紀のモザイク「キリストと12使徒」(絵葉書)

 

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後陣裏側は公園のようになっていて、老いたマラミュート(14歳)と散歩中のお爺さんとお話。マラミュートは大きいし足もヨロヨロ、お爺さんも大変そう。「我が家のハスキーも12歳なの」・・・うちは犬の老後のほうが早いから、まだ良いかな。

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裏道を抜けてサンタンブロージョ聖堂へ。

途中道を間違えて結局大通りにでてしまいました。3年前に次女と泊まったホテルピエール・ミラノの前を通りましたが、近くにあったレストラン(蚊に襲撃され、さんざんな目にあった)思い出の店は潰れたのかなくなっていました。

 

☆サンタンブロージ聖堂San Anbrogio(2)

 

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サンタンブロージョの広場の門には、以前来たときは人が入れそうな(多分、囚人の見せしめ用)籠がぶら下がっていたのですが、今回は見あたりません。

 

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聖堂の前庭の修復も済んでいて明るくなっています。

丁度、結婚式が始まるところで足の悪いお父さんが杖をつきながら、娘に半分支えられながらバージンロードを歩く様子に感動。祭壇の周囲はそういうことで見学できないため、サン・ヴィットーレ・イン・チェルドーロ礼拝堂へ。なんと入り口で入場料を払うことになっていた。ただ以前はクーポラのモザイクを見るのに、小銭を入れて電気を点けたのだが、照明完備になっていたのは有料になったからでしょう。ここではベルゴニョーネの「キリストと天使」なども展示。

 

聖堂の横から回廊にでて、ここから眺める塔。小さなオラトリオと書かれた建物もあり静かな空間を楽しみました。

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近くのミラノらしい素敵なBARで休憩。カウンターに並べられたおつまみ風のオリーブやカナッペの美味しいこと!!それらを適当につまんで、エスプレッソ飲んで2EURもしなかったので、計算間違い?奥のほうではゆっくりランチもできるようになっています。地下鉄でホテルに戻り、朝預けた荷物を持って空港バスでマルペンサヘ。荷物預かり所でトランクを受け取りチェック・イン。上階のカフェテリアでランチ(不味い)。バーリ行きは定刻より早めに滑走路へ。飛んだのが定刻・・・イタリアでもこういうこともあるのね。

 

 バーリは雨模様、空港からタクシーで(2025EUR)市内にはいりました。綺麗とか整然とかとはかけはなれた雑多な感じのする街・・・ここにロマネスクの聖堂が残っているとは奇跡だなあと思うほど。。。ホテルは駅前にある4★のレオンドーロ

 

↓9階の部屋からバーリの駅が正面に見え、木の内装が清潔感のある広い部屋。

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最初の2泊はバスタブなし93EUR、次に戻ってきた時はバスタブつきにしてもらったのですが、料金は同じでした。一休みの後は早速、バーリってどんなとこ?とこわごわ様子を伺いに外出。でも土曜日とあって家族連れ、若いグループで大賑わい。これなら大丈夫と、またまた買い物ついでに商店のおじさんにブゥオン・リストランテの在処を尋ねました。「クッチーナ・シノアか?」「ノン、クッチーナ・プーリア!!」紹介されたのはすぐ近くのピッツエリアを兼ねたお店。入店したのは7時半を過ぎたころ、まだカメリーノたちはトレーナースタイルで、8時すぎたら黒服に着替えてました。アンティパスト・ミストは4皿、イイダコの酢の物、鰯のフリットなど、まるで日本食のよう、素朴で美味しい。パスタはもちろん名物のオレッキエッテ、これにワイン・水・エスプレッソで20EUR★★★。

 

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帰りもまだまだ大勢の人出があり、悠々と駅前の黄金の獅子旅館に帰りました。プーリアの第一夜は熟睡。

 

 



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(2-2)ミラノ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

~続きです。


 列車の乗り間違えもあって疲れていましたが、1時間ほどベットに横になって回復に努めオペラへ。ミラノと言えばスカラ座ですがこの2002年当時はスカラ座の改修のため、近郊のアルチンボルデイ劇場で上演しました。初めてのアルチンボルディ劇場。出発前の情報ではスカラ座の前からバスが出るとのことでしたがこの日はパヴィア観光の疲れもあり、ホテルからタクシーで向かいました。夕方のラッシュで多少混んでいましたが13ユーロ、帰りは10ユーロ程。時間も1015分ほど。女一人で怖々深夜の街を歩くよりは良かったです。Kikukoさんの行かれた初日は空席が目立ったとのことでしたが、この夜は金曜日とあって客席は90%の入り、テレビカメラも並んでいました。

 

♪~ドニゼッティ『ルクレツィア・ボルジア』ミラノ・アルチンボルデイ劇場 2000~

 

指揮:Lenato Palumbo 演出:HUGO DE ANA  オーケストラ:Teatro alla Scala

ルクレツィア・ボルジア・・・MARIELLA  DEVIA

フェッラーラ公・・・MICHELE  PERTUSI

ジェンナーロ・・・MARCELO  ALVAREZ

マッフィオ・オルシーニ・・・DANIELA  BARCELLONA

 

 私の席は一階中央左より、新しい劇場とあって、とても見やすく音響もGOOD。舞台はなかなか豪華な鈍色の鉄製に見える壁板を場面毎に組み替えながら展開。ヴェニスやフェッラーラの宮殿や街角の雰囲気が良くでていました。ルネッサンスの光と影、芸術の華開く人間復興の時代、そして聖職者をもまきこんだ血なまぐさい政争の嵐。官能的なダンスとともに堕落したカソリック法王の衣裳からあらわれる美女たち、ルクレツィアの出生のいわれを思い起こさせます。さまざまな悪女伝説に彩られたルクレツィアですが、2002年はルクレツィアがフェッラーラのエステ家に嫁いで500年ということもあり、フェッラーラでは記念の展覧会も開催されています。翌日バーリに飛んだため、残念ながらフェッラーラを訪れるのは不可能。

デヴィーア、ペルトゥージ、バルッチェローナ、アルバレツが丁々発止!!とでもいったらよいのでしょうか、火花の散るような歌を聴かせてくれました。デヴィーアはもの凄い人気、ファンクラブ?フライング気味の拍手にちょっと気分がそがれることも・・・もちろん、ミラノ名物?の「シーッ!!」は何度もかかり苦笑い。

このオペラは一度サザーランドの映像を観ただけで、予習用のCDもさらっと聞いただけ。まったくの予習不足で臨んだのですが、舞台美術、衣装もルネッサンスらしい華麗なもので素敵でした。最高のキャストをそろえ、タイトルロールのデヴィーアの入魂の歌唱が特に印象的。悪い噂や非情な夫との荒れた生活の中で、ようやくめぐり合えた吾が子の死に悲痛な最後のアリアに・・・涙。
演出は当時の16世紀のヴェネチアやフェッラーラを舞台に政治、宗教の荒廃や堕落のエピソード的なシーンを挿入した見事なもの。この日はカメラが入っていて、後日映像を観ることができました。ペルトゥージの細かい演技には改めて感心させられました。

↓プログラムの表紙は当然ながら、ヴァチカンの壁画に描かれた憂い顔の細面の美しいルクレツィア。

 

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夕食はオペラの前にアルチンボルディ劇場のカフェでカナッペとコーヒーで軽く済ませ,

夜食にはお湯を沸かして即席うどん。明日からは本命のプーリア探訪です。

 

 

参考CD:Donizetti『LUCREZIA BORGIA』1989録音

指揮:Jonel Perlea  RCA Italiana Opera Orchestra & Chorus

Don Alfonso:Ezio Flagello  Lucrezia Borgia:Montserrat Caballe  Gennaro:Alfredo Kraus

Maffio Orsini:Shirley Verret

 

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 参考映像:ドニゼッティ『ルクレツィア・ボルジア』1999.10 道新教室にて

ドン・アルフォンソ・デステ・・・・・・・・・ロバート・オールマン(バリトン)
ルクレッツィア・ボルジア・・・・・・・ジョーン・サザランド(ソプラノ)
ジェンナーロ・・・・・・・・・・・・ロン・スティーブンス(テノール)
マッフィオ・オルシーニ・・・・・・・・・マルグレータ・エルキンス(メゾ・ソプラノ)
ドン・アポストロ・カゼッラ・・・・・・・・・リンダン・チラチーニ(バス)
アスカニ・オペトルッチ・・・・・・・・グリゴリーユリシック(バス)
オロフェルノ・ヴィテッロッツオ・・・・・・・・・・ランベルト・フェルラン(バス)
ルステイ・ゲッロ・・・・・・・・・・・グレイム・ユーア(テノール)
グベッタ・・・・・・・・・・・ピータ・ヴァンデア・ストールク(バス)
アストルフォ・・・・・・・・・・ジョン・シャーマン(バス)
ネグローニ公女・・・ジョセフィーヌ・バーモンガム(テノール)
管弦楽:・・・・・・・エリザベス・シドニー管弦楽団
指揮:リチャード・ボニング
合唱:オーストラリア・オペラハウス合唱団
合唱指揮:ジョフリー・アーノルド
演出:ジョージ・オグルビー
収録:1977年7月8日 シドニー・オペラハウス

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(2-1)ミラノ(パヴィア) [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

7/4(金)朝食はブッフェスタイルでコーヒーも美味しく満足。昨夜は出発まで予約ができていなかったオストゥーニとターラントのホテルもレセプションに頼んで、プーリアまで何度も電話してとってもらえました。なので、印象はかなりアップ。

このホテルは中央駅がすぐ近いと油断してのんびりし過ぎ、切符売り場も混んでいたのでビナリオに駆け込んだのが、発車5分前・・・そしてやってしまいました。910 Genave行きをGenova行きと間違えて乗ってしまいました。同じ時間に、紛らわしいことしないで・・・と怒ったものの、後から調べたら私の勘違いで終点はGenovaではなくLa  Speziaだったんです。。。とにかく次の駅で降りミラノに戻り、予定より2時間遅れでパヴィアに着きました。駅からサン・ミケーレ教会まで15分ほど歩きます。丁度お葬式が終わったところでした。お見送りが終わって人々が立ち去るまで入るのを遠慮しているうちに・・・お昼休みでキューゾ。

 

2時半に開けるというので、近くのサン・ミケーレ書店でお買い物ついでに

「この近くににブゥオン・リストランテある?」と店番のお嬢さんに尋ねたところ、店の名前と通りの名前を(徒歩数分)書いてくれました。入り口はめだたない小さなレストランですが、なかは人がいっぱい、そこのリブレリアで紹介されたというとニコニコして、一皿目のパスタは注文なしに「なんとかかんとか」とかってにもってきて、うちの自慢のパスタだといいます。今までで一番美味しいペンネ・アッラビアータでした。隠し味に何とかいうナッツ?を使ってるとか言ってましたが、よく聞き取れませんでした。二皿目は牛肉、とてもシンプルな味付けで、これもGOODフルーツのデザート・ワイン・水・エスプレッソ込みで20EUR ★★★

 

↓パヴィアのティチノ川にかかるコぺルト橋も眺めて

 

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 この後は念願のサン・ミケーレ教会(ロンバルディア・ロマネスク)の見学です。当時のデジカメは画数も少なく、教会の壮大なファサードも全体は入りきらず、内部も暗くてほとんど撮れませんでした。

 

☆サン・ミケーレ教会La Basilca di San Michele a Pavia (初)

パヴィアはローマ時代から栄え、6世紀にはランゴバルド王国の首都になり、この教会もランゴバルトの創建ですが、12世紀半ばには改修。ロマネスク建築の傑作のひとつです。砂岩の彫刻や浮彫の風化が激しく、補修も目立ちますが、それも最小限にとどめたいという想いが伝わってきます。

 

↓パネル状のファサード(中央上部)付け柱で3等分され、段違いに連なる小開廊アーチ

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↓中央扉口 

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↓他の扉口

 

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内部は三廊式で、暗くて柱頭彫刻も良く見えません。通りがかった神父様に絵葉書を買いたいと言いましたら、奥のデスクのある部屋に案内され、箱から取り出して売っていただきました。

 

↓プラン

 

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↓ 後陣はどうなってるのかしら?とファサードの北方向をみましたら、アーチが

 

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↓アーチの向こうは民家。洗濯物を干してある庭先を遠慮しつつと回りますと、さすが高さのある堂々たる後陣が見えました。参考書のデッサン(1865-1882)とほとんど変わらない姿。

 

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↓ロマネスクの厚い壁と窓がいかにも~!

 

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さて、ファサードを飾る大天使サン・ミケーレさんたちに別れを告げサン・ピエトロ・イン・チェル・ドーロ教会までは街の散策を楽しみながら歩きました。

 

↓ほぼ地中に埋まった711世紀のクリプト(屋根、鉄柵で保護されている)

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 ロマネスク時代の塔(あちこちにある)、15世紀に創建されたというパヴィア大学の美しい中庭を横切って行きました。

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サン・ピエトロ・イン・チェル・ドーロ教会San Pietro in Ciel d'Oro(初)

 

 1132年に奉献されたロマネスク建築の教会。ファサードは先ほど見たサン・ミケーレ教会と似ています。付け柱で3分割され、上部の小開廊のアーチなど。サン・ミケーレは黄みを帯びた砂岩で、こちらは煉瓦です。中央の扉口は一部大理石で、細かい彫刻で飾られています。

 

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夜はオペラなので早めにミラノに戻るため、内部は覗いただけで駅に戻りました。

↓パヴィア駅の近く

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博物館も他のロマネスクもまだ観たいところが残っています。ミラノからも近く、また来れると思い列車でミラノへ帰りました。

 

続きます~

 

 


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(1) ミラノへ [2002 秋プーリア・ロマネスクの旅]

 イタリアのプーリア地方にロマネスク・ファンとしては見逃せない聖堂がいくつか点在しているのを知りました。ところがプーリアはかなり治安が悪いとの情報があり、一応は(笑)迷っていたのですが、NET(当時はヤフーの掲示板)でプーリア在住の方の安心しても良いとのコメントを拝見したものですから、矢も楯もたまらず決行。こういう懸念のあるところは早くいかなくてはという気持ちが強かったのです。翌年還暦を迎える年齢で焦ってました。


日程はミラノ(2)~バーリ(2)~オストゥー二(1)~レッチェ(2)~ターラント(1)~アルベルベッロ(1)~バーリ(2)~トリノ(2) 13泊15日


MAP




 参考書:JACA BOOK『PUGLIA PREROMANICA』&『PUGLIA ROMANICA』(2003&2004の出版)

帰国後Jaca社のHPで見つけ購入。


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10/3(木)千歳7:50→羽田9:20....成田13:00→ミラノ18:25(JALとアリタリアの共同運航便)


ミラノ/スターホテル・アンダーソン2泊


 早朝5時に起床、夫に千歳空港まで送ってもらいました。羽田でリムジンバスに乗り換え成田へ。飛行機の遅れもなくスムーズにいきましたが、JALのカウンターには1時間前に到着でした。結構きつい乗り換え・・・昨夏も同じ便でしたが色々あって30分前に着いて、ハラハラ汗だくになったことを思い出ししました。2日前の大型台風にははらはらさせられましたが、今朝は快晴。ほぼ定刻にミラノに向かって飛び立ちました。ミラノのマルペンサ空港到着後、早速トランクを預けようとしたのですが、荷物預かり所が移動していてうろうろ。結局、広いターミナルを一往復して「初めから疲れるぅ〜」とブツブツ。ミラノ2泊分の手荷物を持ち、空港連絡バスで中央駅まで。ホテルは中央駅の停留所から100Mほど。今回の旅では一番高いホテルなので、期待したのですが見事に裏切られました。殺風景なビジネスホテル、これほどエレガントさの欠ける内装も珍しい。(この後何年かして高級ビジネスホテルに改装)。夕食はお向かいの同系列のホテルのレストランで。こちらのほうが高級感があり、日本人のツアー客もみかけました。メニューにピアット・ウニコがあり、ミラノ風リゾット一皿に、ミネラルウォーター、ワイン、コーヒーで21EUR()夜はテレビでサッカー観戦、中田の活躍に拍手しながら、気分良く就寝。

 

 



タグ:ミラノ
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